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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)68号 判決

神奈川県相模原市田名2147番地

原告

寺田英彦

同訴訟代理人弁理士

栂村繁郎

藤吉繁

大阪府門真市大字上馬伏424番地の1

被告

株式会社田村金属製作所

同代表者代表取締役

長岡博司

同訴訟代理人弁護士

筒井豊

同弁理士

中谷武嗣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が、平成3年審判第2564号事件について、平成4年1月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「発臭・菌増殖場所の脱臭・殺菌装置」とする発明(以下「本件発明」という。)につき、昭和60年4月24日に出願され、平成1年8月24日に登録がなされた、特許第1514483号(以下「本件特許」という。)の特許権者であるところ、被告は、平成3年2月19日、特許庁に対し、原告を被請求人とする本件特許の特許無効の審判を請求した。

特許庁は、同請求を、平成3年審判第2564号事件として審理したうえ、平成4年1月30日、「本件特許を無効とする」旨の審決をし、その謄本は、同年3月2日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

発臭、菌増殖場所に懸架されるようにした密閉ランプ室A内に殺菌線を出す紫外線ランプaとオゾンランプbとを設置し、該密閉ランプ室Aの一方の小口9にはガラリ10を、又他方の小口11には通気用フアン12を夫々設け、前記紫外線ランプaとオゾンランプbとには切替スイッチBにより切替えて通電できるようにしたことを特徴とする発臭、菌増殖場所の脱臭殺菌装置(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前記記載のとおりと認める。

(2)〈1〉  本件特許の出願前に日本国内に頒布された刊行物である米国特許第3674421号明細書(甲第4号証、以下「引用例1」という。)(昭和49年1月14日。特許庁資料館受入)には、手術室等の空間の浄化、又は空間の浄化と殺菌の同時実施を交互に行なうための装置が記載され、該装置として、壁や天井に取り付けられるケース内に高温陰極紫外線管(2537Åの波長を中心とする紫外線を照射する)と低温陰極紫外線管(オゾンを発生する)を収納し、ケース両端には細長い孔を有する前面板を有し、一端にはファンが設けられ、これによりこの装置が設置される空間内の空気をその装置内で強制循環でき、高温陰極管のみが作動している時は照射される放射線がケース内に流入する空気の流れを浄化し、空間の空気を消毒し、空間内に人がいない時は、両方の管を同時作動させることにより、装置内を通過する空気の一層良好かつ迅速な浄化に加え、オゾンによる完全な殺菌が可能となる装置が記載されている(別紙図面2参照)。

〈2〉  独国特許第1246172号明細書(昭和42年11月21日。特許庁資料館受入)(甲第5号証、以下「引用例2」という。)には、内部に、オゾン発生器と紫外線を発生するランプを備え、下部に設けた換気扇により空気が循環するようにされた上下が開放されたケーシングを有し、さらに、その上部に殺菌スプレーを発生するための器具を設けた、特に手術室に用いる消毒装置が記載されており、この装置における各々の器具は、スイッチにより互いに独立に作動できること、オゾン発生器及び紫外線放射器は順次又は同時に作動できることが記載されている(別紙図面3参照)。

(3)  本件発明と引用例1記載の発明との対比

〈1〉 一致点

引用例1記載の発明における高温陰極紫外線管は、本件発明における殺菌線を出す紫外線ランプに、低温陰極紫外線管はオゾンランプに相当するから、両者は、発臭、菌増殖場所に懸架されるようにした密閉ランプ室内に、殺菌線を出す紫外線ランプとオゾンランプとを設置し、該密閉ランプ室の一方の小口に通風孔を設け、他方の小口には通気用ファンを設けた発臭、菌増殖場所の脱臭殺菌装置の点で一致する。

〈2〉 相違点

(a) 本件発明においては小口に設けた通風孔がガラリであるのに対し、引用例1記載の発明は単に細長い孔と記載されているだけであり、図面を参照してもそれがガラリであるかどうか明らかでない(相違点1)。

(b) 本件発明においては紫外線ランプとオゾンランプが切替えスイッチにより切り替えて通電できるようにしてあるのに対し、引用例1記載の発明は、紫外線ランプが単独で作動する場合と、紫外線ランプとオゾンランプが同時に作動する場合とを交互に行なうことができるようにしてある(相違点2)。

(4)  相違点についての判断

〈1〉 相違点1について

引用例1の記載からは、細長い孔がガラリであるかどうか明らかでないが、紫外線が直接的に生命体に有害であることはよく知られていることであるから、通風孔を直接光を通さず、しかも風通しのよいガラリとしてみることに創意工夫は認められない。

〈2〉 相違点2について

引用例1記載の発明も、人が空間に存在するときは紫外線ランプのみを通電させ、人が空間に存在しないときにオゾンランプを通電させる点では、本件発明と異ならず、引用例2には、消毒装置において、器具をスイッチにより独立に作動できること、オゾン発生器及び紫外線放射器を順次又は同時に作動できるようにすることが記載されており、オゾンランプと紫外線ランプを同時に通電させる代わりに、紫外線ランプとオゾンランプを順次作動させるようにすることは当業者が適宜なし得る程度のことである。

また、順次作動させるために切替えスイッチを用いることは常套手段にすぎない。

(5)  以上のとおりであるので、本件発明は、引用例1及び引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  取消事由

(1)  審決の理由のうち、本件発明の要旨、引用例1の記載事項、引用例2の記載事項のうち、内部に、オゾン発生器と紫外線を発生するランプを備え、下部に設けた換気扇により空気が循環するようにされた上下が開放されたケーシングを有し、さらに、その上部に殺菌スプレーを発生するための器具を設けた、特に手術室に用いる消毒装置が記載されていること及びオゾン発生器及び紫外線放射器は同時に作動できることが記載されていること、引用例1記載の発明と本件発明の一致点及び相違点の各認定並びに相違点1についての判断は認め、その余は争う。

(2)  審決は、後記〈1〉ないし〈3〉の誤りの結果、相違点2について、進歩性の判断を誤り、本件発明は引用例1及び引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

〈1〉 引用例1記載の発明の技術内容の誤認

審決の「引用例1記載の発明も、人が空間に存在するときは紫外線ランプのみを通電させ、人が空間に存在しないときにオゾンランプを通電させる点では本件発明とは異なら」ないとの認定(審決の理由の要点(4)〈2〉第1段)は、誤りである。

本件発明は、紫外線ランプaとオゾンランプbとを同時に使用することはなく、それぞれ切替スイッチによって、一方のみを使用するのに対し、引用例1記載の発明は、空間の浄化を行うとき(人が空間に存在するとき)は、高温陰極管(紫外線ランプに相当する。)のみを使用するが、これとあわせて空間の殺菌をも行うとき(人が空間に存在しないとき)は、高温陰極管及び低温陰極管(オゾンランプに相当する。)の両者を機能させるものであり(引用例1の明細書1欄19~22行、3欄25~26行)、オゾンランプを単独で機能させることはない。このため、引用例1では、紫外線ランプとオゾンランプとを同時に機能させる場合の衝撃作用を防止するため、2本の管の間に金属遮蔽板が保持されること(3欄1~5行)が絶対条件であるのに対し、本件発明では中間に金属遮蔽板を存在させる必要がない。

したがって、引用例1記載の発明では、低温陰極管(オゾンランプに相当する。)は、高温陰極管(紫外線ランプに相当する。)と同時に使用され、単独で使用されることがないのに対し、本件発明では、紫外線ランプとオゾンランプとが同時に使用されることはない。

しかるに、審決は、人が空間に存在しないときにオゾンランプを通電させる点では、引用例1記載の発明は本件発明と異ならないと誤って判断した。

〈2〉 引用例2の記載事項の認定の誤り

引用例2(甲第5号証)の4欄4行ないし19行の翻訳(翻訳4頁17行ないし末行)における「これらのスイッチにより、オゾン発生器及び紫外線放射器は順次又は同時に作動できる。」旨の記載は、原文の「nacheinander」(順々に、相続いて、連続して、次々と、後から後から)を「順次」、「eingeschaltet」(einschalten((挿入する、差し込む、書き込む、添加する、連結する、スイッチを入れる))の過去分詞)を「作動できる」と訳したものであるが、上記原文をより正確に翻訳すれば、「これらのスイッチにより、オゾン発生器及び紫外線放射器(紫外線を発生させる装置)を順々に(或いは次々と)或いは同時にスイッチを入れることができる。」と訳すべきであった。そして、引用例2の4欄16行ないし19行の翻訳(翻訳4頁23行ないし末行)における「上記から明らかなように、消毒装置の各々の器具は、スイッチ26及び28を操作することにより互いに独立に作動できる。」旨の記載も、「eingeschaltet」を「作動できる」と訳したものであり、当該箇所も「上記から明らかなように、消毒装置の各々の器具は、スイッチ26及び28を操作することにより互いに独立にスイッチを入れることができる。」と訳すべきである。より正確に翻訳された引用例2の上記4欄4行ないし19行の記載から明らかなように、タイマー26で操作されるのはスプレー発生装置であり、スイッチ28で操作されるのは、一つのグループを形成しているオゾン発生器及び紫外線放射器であるから、スプレー発生装置とオゾン発生器及び紫外線放射器のグループとが独立して別に作動できるということであり、オゾン発生器及び紫外線放射器は、互いに単独で作用されることはない。

このことは、引用例2の4欄41行ないし44行の記載(翻訳5頁12行ないし13行)、4欄54行ないし58行(翻訳5頁19行ないし20行)の各記載からも明らかである。

原告主張の上記の引用例2の記載に従えば、紫外線放射器とオゾン発生器は次々とスイッチを入れるもので、紫外線放射器を「オン」にして作用させた状態において、次ぎにオゾン発生器を「オン」にして作用させるもので、この時点においては両者が作用できる状態になっているものである。

また、引用例2には「作動を停止させる」という記載はなく、操作は全て「スイッチを入れる」という記載があるのみであり、紫外線放射器のみを独立に作動できるスイッチが設けられているとの記載はどこにもない。

引用例2記載の発明は、手術室内に装置を設置して使用するものであり、スイッチ28は、消毒装置に直接取り付けられているものであり、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させれば、室内にオゾンが充満した状態になり、人体に悪影響を及ぼすものであるから、人間が紫外線放射器のスイッチを「オン」にして作用させるために、室内に入れないことからしても、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させた後に、紫外線放射器のスイッチを「オン」にして作用させることは考えられないことであり、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させることは、想定していないものである。

なお、引用例2記載の発明の出願当時の技術水準では、オゾンランプの性能は、室内のオゾンを高濃度にすることは不可能であったため、紫外線放射器を単独で使用する場合と、紫外線放射器とオゾン発生器とを同時に使用する場合の二通りの殺菌手段しかなかったものであるから、オゾンランプを単独で使用するという思想はなかったものである。

しかるに、審決は、引用例2の上記記載について、それぞれ独立してスイッチを入れることができ、両者が互いに単独で作用することができると誤って解釈した結果、引用例1記載の発明にかかる構成を置換すれば、紫外線ランプとオゾンランプとを切り換えてそれぞれ単独で作動させるようにする本件発明の構成に想到することは当業者が適宜なし得る程度のことであると誤って判断した。

さらに、以上のように、引用例2記載の発明の「紫外線放射器を作動させた次ぎに、オゾン発生器を作動させるという」構成と本件発明の「紫外線ランプaとオゾンランプbとを切り換えてそれぞれ単独で使用する」構成とは異なるものであるから、「単独に作動させるために切り換えスイッチを用いる」ことは後者の常套手段であっても、前者の常套手段ではない。審決のこの点の判断(審決の理由の要点(4)〈2〉第2段))も誤りである。

〈3〉 格別の作用効果の看過

本件発明では、紫外線ランプとオゾンランプとをそれぞれ単独で独立に使用することを特徴とし、室内に人間が存在しないときには、紫外線ランプをオゾンランプに切り替えて、オゾンランプを単独で使用し、8ppm以上の濃厚なオゾンが室内の隅々に至るまで殺菌を行ない、室内に人間が入る前に、オゾンランプを紫外線ランプに切り替えて、紫外線により室内の殺菌を行なうとともに、オゾンランプ単独の使用で発生させた空気中の高濃度のオゾンを、紫外線ランプのみの作動で酸素と活性酸素に分解して、作業環境安全基準である0.1ppm以下の値にし、空間に人が存在する場合に作業員の作業環境を良好に保持する格別の効果を有する(甲第7号証)。

これに対し、前記〈1〉及び〈2〉のとおり、引用例1、2に記載の発明では、紫外線ランプとオゾンランプを同時に使用するから、オゾンランプにより発生したオゾンは、同時に点灯している紫外線ランプの紫外線により分解されるため、殺菌に必要な高濃度オゾンを達成することができない(甲第6、第7号証)。

審決は、引用例1記載の発明の技術内容及び引用例2の記載事項の認定を誤った結果、本件発明の相違点2に係る構成の技術的意義を誤認し、本件発明のこのようなオゾンランプ単独の使用による格別の作用効果を看過した。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2  被告の主張

(1)  引用例1記載の発明の技術内容について

審決は、本件発明では紫外線ランプとオゾンランプとを切り換えスイッチにより切り換えてそれぞれ単独で使用するのに対し、引用例1記載のものは紫外線ランプを単独で作動する場合と、紫外線ランプとオゾンランプとを同時に作動する場合とを交互に行うことができるとの相違点1の認定を前提として、人が存在するときは、紫外線ランプのみを通電させる点で、また人が存在しないときは、オゾンランプを通電させる点で異ならないと認定しているのであり、原告の主張は、審決の認定を正しく解釈するものではない。

(2)  引用例2の記載事項について

原告は、引用例2記載の発明において、独立に作動できるのは、タイマー26によるスプレー発生装置とスイッチ28により同時に作動するオゾン発生器及び紫外線放射器であると主張するが、引用例2記載の発明が、発明の構成からみれば、オゾン発生器及び紫外線放射器をスイッチにより独立に作動できることは、以下のとおり明らかであり、原告の上記主張は、発明の構成と装置の使用態様を混同するものであって失当である。

〈1〉 引用例2の4欄41行ないし44行の記載によれば、紫外線放射器のみを独立に作動できるスイッチが設けられていること。

〈2〉 「外壁17の反対側には種々の通常のスイッチ28(原文では複数形)を取付けている。これらのスイッチにより、オゾン発生器及び紫外線放射器は順次又は同時に作動できる。」(引用例2の4欄8行ないし13行)、「消毒装置の各々の器具は、スイッチ26及び28を操作することにより互いに独立に作動できる。」(同欄16行ないし19行)と記載されていること。

〈3〉 引用例2の第2図には、スイッチ28が2個あることが図示されている。

すなわち、引用例2に記載された発明において、オゾン発生器と紫外線放射器を作動させるための複数の「種々の通常のスイッチ28」が設けられ、オゾン発生器と紫外線放射器とは、これら複数の「種々の通常のスイッチ28」により、順次又は同時に作動でき、各々の器具(スプレー発生装置・オゾン発生器及び紫外線放射器)は、タイマー26及び複数のスイッチ28を操作することにより互いに独立に作動でき、紫外線放射器のみを独立に作動できる一方、オゾン発生器と紫外線放射器とを同時に作動させることができることが記載されている。

以上の記載によれば、当業者であれば、引用例2記載の発明において、複数の「種々の通常のスイッチ28」を操作することにより、オゾン発生器と紫外線放射器とをそれぞれ独立に作動させることが可能であると理解できるものであるから、かかる事項が、引用例2に明記されていなくても、例えば紫外線放射器を作動させた後、その作動を停止し、次いでオゾン発生器を単独で作動させるような操作も可能であることは、当業者であれば、容易に理解できるものである。

原告は、切替えにより、一方のみを使用する場合を「順次」とはいわず、「順次」とは、例えば紫外線放射器を作動させた次にオゾン発生器を作動させるという意味であると主張するが、上記のとおりの引用例2の記載から、「順次」を原告主張のような意味に限定して解されなければならない合理的理由はなく、原告の主張は失当である。

また、順次作動させるために切替スイッチを用いることが常套手段であることは、当業者にとって自明である。

(3)  作用効果について

本件発明のように公知の構成要件を組み合わせたにすぎない発明の進歩性の判断においては、その構成の困難性の判断に重点を置くべきであり、本件発明の作用効果として挙げられている紫外線によるオゾンの分解は、本件発明の出願前から知られている科学的原理であることから、仮に本件発明の効果としてオゾンの分解があるとしても、その効果の予測性は明白であり、仮に、引用例1と本件発明との間に原告の主張するような作用効果上の相違があったとしても、この相違は進歩性判断において問題とならない。

次に、紫外線によるオゾンの分解の効率的実現は、本件発明の明細書に記載されているような単純な手段によって可能となるものではなく、専門家の間でもいまだ十分に技術的条件の解明が行われていない分野である。したがって、原告の主張する本件発明と引用例1記載の発明との間の作用効果の相違は、それ自体明らかではない。

原告が作用効果の相違に係る立証として援用する甲第6号証には、オゾン濃度がオゾンランプのみ点灯した場合とこれと同時に紫外線ランプを点灯した場合の経過時間60分におけるオゾン濃度の増加傾向の一致と、経過時間120分におけるオゾン濃度の差異が記載されているが、何故に60分経過までオゾン濃度の増加傾向が一致し、その後120分経過によってこれが相違するかについて、単に紫外線ランプの点灯という条件の違いのみにより説明することはできず、前提たる測定室の状況、湿度の違い等、オゾン濃度に影響を慕える多くの因子が不明であるから、これをもって必ずしも意味のある立証とは考えられない。

第4  証拠

一件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)、3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由のうち、引用例1の記載事項、引用例2の記載事項のうち、内部に、オゾン発生器と紫外線を発生するランプを備え、下部に設けた換気扇により空気が循環するようにされた上下が開放されたケーシングを有し、さらに、その上部に殺菌スプレーを発生するための器具を設けた、特に手術室に用いる消毒装置が記載されていること及びオゾン発生器及び紫外線放射器は同時に作動できることが記載されていること、引用例1記載の発明と本件発明との一致点及び相違点、相違点1についての判断については、当事者間に争いがない。

2  本件発明の概要

甲第2号証(本件発明に係る特許出願公告公報。以下「本件明細書」という。)によれば、本件発明は、発臭、菌増殖場所の脱臭殺菌装置に関するものであること、従来、例えば食品加工場のように、落下菌、浮遊菌等により加工食品表面が汚染されることを避けなければならない場所の殺菌手段には、加工室全体を無菌の状態に置く方法(クリーンルーム方法)又加工作業が行われる部分のみを無菌の状態に囲う方法(クリーンブース方法)があり、殺菌には紫外線、オゾン等が用いられたが、クリーンルーム方法は数千万円単位の設備費がかかるし、クリーンブース方法でも数百万円単位の設備費がかかり、又、殺菌に紫外線を使用することを知っていても、各種の菌の殺菌に必要とする紫外線量(紫外線照射強度と紫外線照射時間との積)あるいは被殺菌物と紫外線源との距離と殺菌力との関係に関する知識の不足が、紫外線は効果が少ないものとの誤差を生み、オゾンに到っては殺菌に必要なオゾン濃度は5ppm以上であるのに、人間が作業環境の中で耐えられるオゾン濃度はその1/50の0.1ppm以下で、殺菌に必要な濃度ではオゾン特有の臭気がしたり、頭痛を催したり、又、作業者の眼に染みるところより、オゾン臭のない且つ作業者の眼に染みない雰囲気にして使用し、結局殺菌力のない雰囲気にして使用したりしていること、本件発明は、上記の事実に鑑み、空気中の酸素O2を分解し、強力なオゾンO3を発生させる紫外線の184.9nmの波長(通常オゾン線という)を集中的に出すオゾンランプと、オゾンO3を酸素O2と活性酸素Oとに分解する紫外線の253.7nmの波長(通常殺菌線という)を集中的に出す紫外線ランプとを一つのランプ室に設置して置き、この2個のランプを使い分けることにより、発臭、菌増殖(菌を意識的に培養しているのではなく、意に反して増加している意味)場所、例えば調理場、食肉あるいは、水産加工場等を、作業員のいない時間帯には強力且つ完全に、作業員のいる時間帯には作業員の耐えられる作業環境にして略24時間連続して、発臭、菌増殖場所の脱臭、殺菌を行なえる装置を、廉価に提供することをその目的として特許請求の範囲に記載された構成を採択したこと(1欄13行ないし3欄7行)が認められる。

3  取消事由について

(1)  引用例1記載の発明の技術内容の誤認について

原告は、本件発明は、紫外線ランプaとオゾンランプbとを同時に使用することはなく、それぞれ切替スイッチによって、一方のみを使用するのに対し、引用例1記載の発明は、空間の浄化を行うとき(人が空間に存在するとき)は、高温陰極管(紫外線ランプに相当する。)のみを使用するが、これとあわせて空間の殺菌をも行うとき(人が空間に存在しないとき)は、高温陰極管及び低温陰極管(オゾンランプに相当する。)の両者を機能させるものであり(引用例1の明細書1欄19~22行、3欄25~26行)、オゾンランプを単独で機能させることはないから、審決の「引用例1記載のものも、人が空間に存在するときは紫外線ランプのみを通電させ、人が空間に存在しないときにオゾンランプを通電させる点では本件発明とは異なら」ないとの認定(審決の理由の要点(4)〈2〉)は、誤りであると主張する。

しかしながら、審決の上記認定は、「本件発明においては紫外線ランプとオゾンランプが切替えスイッチにより切替えて通電できるようにしてあるのに対し、引用例1記載のものは、紫外線ランプが単独で作動する場合と、紫外線ランプとオゾンランプが同時に作動する場合とを交互に行うことができるようにしてある点で相違する(相違点2)。」(審決の理由の要点(3)〈2〉(b))との認定を前提として、これに続く相違点2の判断中でなされていることは、審決の理由自体から明らかである。

そうとすれば、上記認定の趣旨は、本件発明も引用例1記載のものも、人が空間に存在するときは、紫外線ランプのみを通電させる点で、また、人が空間に存在しないときは、紫外線ランプの通電の有無はともかくとして、オゾンランプを通電させる点で本件発明と異ならないとするものであることは、明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

(2)  引用例2の記載事項の認定の誤りについて

前記本件発明の要旨によれば、本件発明は、紫外線ランプとオゾンランプとは、切替えてそれぞれ単独で使用できる構成であると認められるところ、審決が相違点2(本件発明においては紫外線ランプとオゾンランプが切替えスイッチにより切替えて通電できるようにしてあるのに対し、引用例1記載のものは、紫外線ランプが単独で作動する場合と、紫外線ランプとオゾンランプが同時に作動する場合とを交互に行うことができるようにしてある点)の検討の結果、「引用例2には、消毒装置において、器具をスイッチにより独立に作動できること、オゾン発生器及び紫外線放射器を順次又は同時に作動できるようにすることが記載されており、オゾンランプと紫外線ランプを同時に通電させる代わりに、紫外線ランプとオゾンランプを順次作動させるようにすることは当業者が適宜なし得る程度のことである」(審決の理由の要点(4)〈2〉)と判断したものであるから、審決は、引用例2の記載事項の認定において、「順次作動」を「紫外線ランプとオゾンランプとは、切替えてそれぞれ単独で使用でき」て、「例えば紫外線ランプを単独で作動させた後、その作動を停止し、次いでオゾンランプを単独で作動させる」と解していることは明らかである。

次に、引用例2に、審決認定のとおりの記載があるか検討する。

甲第5号証(独国特許第1246172号明細書((昭和42年11月21日。特許庁資料館受入))、引用例2)には、オゾン発生器が単独で使用される場合について明示的に言及した記載はない。

しかしながら、引用例2には、「外壁17の片側において、固定箇所にタイマー26の接点を配置している。この接点によりタイマーのつまみ27の位置によって指定される時間だけスプレー発生装置を作動できる。外壁17の反対側には種々の通常のスイッチ28を取付けている。これらのスイッチにより、オゾン発生器及び紫外線放射器は順次又は同時に作動できる。コード29により消毒装置を電源と接続できる。上記から明らかなように、消毒装置の各々の器具は、スイッチ26及び28を操作することにより互いに独立に作動できる。」(4欄4行ないし19行、訳文4頁17行ないし24行)、「本発明による消毒装置は、手術室の殺菌のために次のような可能性を有する極めて利点のある装置である。…c)手術中は消毒装置のフラップを閉じて、紫外線だけで間接運転する。…夜間はフラップ18を開き、紫外線放射器とオゾン発生器を作動させ、手術室を連続的に消毒できる。」(4欄31行ないし58行、訳文5頁6行ないし20行)と記載され、添付の第2図(別紙図面3のFIG.2参照)にはスイッチ28が2個取り付けられた状態が図示されていることが認められる。

上記によれば、引用例2には次の事項が記載されていると認められる。

〈1〉  引用例2記載の装置には、オゾン発生器及び紫外線放射器を作動させるための複数の「種々の通常のスイッチ28」が設けられていること。

〈2〉  上記オゾン発生器と紫外線放射器とは、これら複数の「種々の通常のスイッチ28」により、順次又は同時に作動させることができること。

〈3〉  引用例2記載の装置の各々の器具(スプレー発生装置、オゾン発生器及び紫外線放射器)は、スイッチ(タイマー)26及び複数のスイッチ28を操作することにより互いに独立に作動できること。

〈4〉  引用例2記載の装置を、紫外線放射器のみを独立に作動させて使用する一方、オゾン発生器と紫外線放射器とを同時に作動させて使用すること。

そして、上記〈2〉における「順次(又は同時)に作動させること」とは、原告主張のように紫外線放射器を「オン」にして作用させた状態において、次ぎにオゾン発生器を「オン」にして作用させる場合のみならず、紫外線放射器のスイッチを切り、次にオゾン発生器を「オン」にして作動させる場合も含まれると解すべきである。換言すれば、引用例2記載の装置において、オゾン発生器が単独で使用可能であることを示唆するものであると解される。上記〈4〉の記載は、オゾン発生器と紫外線放射器とを同時に作動させて使用することを示唆しているにすぎず、同装置において、オゾン発生器が単独で使用可能であることを否定するものではない。原告主張のとおり、引用例2の原文の「nacheinander」の意味が「順々に、相続いて、連続して、次々と、後から後から」であり、「eingeschaltet」が「einschalten」(挿入する、差し込む、書き込む、添加する、連結する、スイッチを入れる)の過去分詞であり、原文を「これらのスイッチにより、オゾン発生器及び紫外線放射器(紫外線を発生させる装置)を順々に(或いは次々と)或いは同時にスイッチを入れることができる。」、「上記から明らかなように、消毒装置の各々の器具は、スイッチ26及び28を操作することにより互いに独立にスイッチを入れる」と翻訳すべきとしても、「これらのスイッチによりオゾン発生器及び紫外線放射器(紫外線を発生させる装置)を順々に(或いは次々と)或いは同時にスイッチを入れることができる。」との記載が紫外線放射器のスイッチを切り、次にオゾン発生器を「オン」にして作動させる場合も含まれると解すべきであることには変わりはない。原告は、引用例2には、スイッチを入れるという記載があるのみで、スイッチを切るという記載がないとの主張を前提として、順々に、相続いて、連続して、次々と、後から後からスイッチを入れるということは、スイッチを切って、次にスイッチを入れるということは意味しないと主張するものであるが、スイッチは、本来的に、「オン・オフ」機能を持つものであり、「スイッチを入れる」という操作の記載から、「スイッチを切る」という操作の存在を理解するのは極めて当然であり、このような理解は当業者にとって自明の事項ともいえる。

しかも、引用例2の第2図(別紙図面3のFIG. 2参照)にはスイッチ28が2個取り付けられた状態が図示されており、上記〈3〉の記載から、スプレー発生装置、オゾン発生器及び紫外線放射器は、スイッチ(タイマー)26及び複数のスイッチ28を操作することにより互いに独立に作動できることは明らかであるから、2個のスイッチのそれぞれを、適宜「オン・オフ」して、オゾン発生器及び紫外線放射器のそれぞれを別々に作動させ、紫外線放射器のスイッチが入った状態のみならず、紫外線放射器のスイッチが切れた状態で、オゾン発生器のスイッチを入れることができることは当業者であれば充分理解できるものである。

原告は、タイマー26で操作されるのはスプレー発生装置であり、スイッチ28で操作されるのは、一つのグループを形成しているオゾン発生器及び紫外線放射器であるから、スプレー発生装置とオゾン発生器及び紫外線放射器のグループとが独立して別に作動できるということであり、オゾン発生器及び紫外線放射器は、互いに単独で作用されることはないと主張するが、たしかに、タイマー26で操作されるのはスプレー発生装置であり、スイッチ28で操作されるのは、オゾン発生器及び紫外線放射器であると認められるが、上記のとおり、スイッチ28は複数であり、引用例2の第2図(別紙図面3のFIG. 2参照)には前記のとおりスイッチ28が2個取り付けられた状態が図示されているのであるから、これらのスイッチを別々に「オン・オフ」すれば、オゾン発生器及び紫外線放射器を、互いに単独で、作動させて使用できることは明らかであり、引用例2に、上記の他に、原告主張のように限定して解すべき記載は見出せない。

以上のとおり、引用例2記載の発明においては、複数の「種々の通常のスイッチ28」を操作することにより、オゾン発生器と紫外線放射器とは、切替えてそれぞれ単独で使用できることが可能であり、したがって、引用例2にオゾン発生器の単独使用について明示的に言及した記載はなくとも、当業者が引用例2にオゾンランプが単独で使用される可能性があることが示唆されていると理解することは容易なことであるから、審決の引用例2の記載事項の認定に誤りはない。

なお、原告は、引用例2記載の発明は、手術室内に装置を設置して使用するものであり、スイッチ28は、消毒装置に直接取り付けられているものであり、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させれば、室内にオゾンが充満した状態になり、人体に悪影響を及ぼすものであるから、人間が紫外線放射器のスイッチを「オン」にして作用させるために、室内に入れないことからしても、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させた後に、紫外線放射器のスイッチを「オン」にして作用させることは考えられないことであり、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させることは、想定していないものであると主張する。

しかしながら、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させた後に、換気によりオゾン濃度を低下させた後に人が室内に入って、紫外線放射器のスイッチを「オン」にして作用させることは充分可能であるから、オゾン発生器を単独に「オン」にして作用させた後、人が室内に入って紫外線放射器のスイッチを「オン」にすることができないことを前提とする原告の上記主張は失当である。

さらに、原告は、引用例2記載の発明の出願当時の技術水準では、オゾンランプの性能は、室内のオゾンを高濃度にすることは不可能であったため、紫外線放射器を単独で使用する場合と、紫外線放射器とオゾン発生器とを同時に使用する場合の二通りの殺菌手段しかなかったものであるから、オゾンランプを単独で使用するという思想はなかったものであると主張するが、引用例2の「種々の原理によって作動する多数の消毒装置、例えばオゾン発生器、紫外線放射器又は殺菌スプレー発生装置が知られている。しかし、個々のタイプの装置は、全ての用途に等しく良好に使用することはできない。例えば、オゾンは気管支に乾燥性に作用するために、手術後の小児や結核患者などの過敏な人間がいる場合には、使用できない。」(甲第5号証訳文1頁本文1行ないし6行)及び「公知の消毒装置は、180度旋回可能な空室に配置した紫外線放射器又はオゾン発生器を具備している。」(同12行ないし13行)との記載によれば、オゾン発生器が消毒装置として単独に使用される場合があることが、引用例2に開示されていると認められ、原告の上記主張は失当である。

上記(1)のとおりの引用例1記載の発明の技術内容及び上記のとおりの引用例2の記載事項によれば、引用例1記載の発明における紫外線ランプが単独で作動する場合と紫外線ランプとオゾンランプが同時に作動する場合とを交互に行なうことができるようにしてある構成を、引用例2記載の発明のオゾン発生器(本件発明のオゾンランプに相当することは原告も明らかに争わない。)と紫外線放射器(本件発明の紫外線ランプに相当することは原告も明らかに争わない。)とを独立に使用することが可能な構成に置換して、本件発明の紫外線ランプとオゾンランプとを切替えてそれぞれ単独で作動する構成にすることは、当業者にとって容易に想到しうるものである。

以上のとおり、引用例2記載の発明の「オゾン発生器及び紫外線放射器を順次作動させる」構成は本件発明の「紫外線ランプaとオゾンランプbとを切り換えてそれぞれ単独で使用する」構成を含むものであり、「単独に作動させるために切り換えスイッチを用いる」ことは常套手段にすぎないと認められるから、審決のこの点の判断(審決の理由の要点(4)〈2〉第2段))に誤りはなく、原告のこの点についての主張も理由がない。

(3)  格別の作用効果の看過について

原告は、本件発明の紫外線ランプとオゾンランプとを切替えてそれぞれ単独で作動する構成にしたことによる格別の作用効果を主張するが、オゾンランプの単独使用による殺菌効果は、周知の効果(オゾンが殺菌効果を有することが本件発明の出願前周知であることは、引用例1、2により明らかである。)であり、甲第9号証(新編・照明のデータブック 社団法人照明学会編 株式会社オーム社書店昭和43年11月29日発行)によれば、オゾンは波長範囲約210~290nmの紫外線により分解されること(675頁右欄9行ないし11行)は本件発明の出願前周知であると認められるから、紫外線の253.7nmの波長を集中的に出す紫外線ランプ(本件明細書2欄15行ないし17行)の作動で、オゾンランプ単独の使用で発生させた空気中の高濃度のオゾンを酸素と活性酸素に分解するという効果もまた周知の紫外線の性質を利用したものである。しかして、本件発明の上記構成による効果は、上記のオゾンと紫外線のそれぞれの効果の組合せを越えるものではなく当業者にとって予測可能なものであり、格別のものとはいえない。

なお、原告は、本件発明においては、8ppm以上の濃厚なオゾンが室内の隅々に至るまで殺菌を行ない、室内に人間がはいる前に、オゾンランプを紫外線ランプに切り替えて、紫外線により室内の殺菌を行なうとともに、オゾンランプ単独の使用で発生させた空気中の高濃度のオゾンを、紫外線ランプのみの作動で酸素と活性酸素に分解して、作業環境安全基準である0.1ppm以下の値にし、空間に人が存在する場合に作業員の作業環境を良好に保持する格別の効果を有すると主張するが、原告主張のような効果は、本件発明に係る装置が使用される室内の広さ、構造等、同装置に使用されるオゾンラシプ及び紫外線ランプの性能等に依存するところ、本件発明に係る装置において、使用されるオゾンランプ及び紫外線ランプの性能等について、本件発明の構成要件上、何ら特定されておらず、同装置が使用される場所についても、本件発明の構成要件上「発臭、菌増殖場所に懸架されるようにした」とのみ規定され、本件発明に係る装置が使用される室内の広さ、構造等は、何ら特定されていないものであるから、原告主張の上記効果は、いずれも本件発明に係る装置の一使用態様における効果にすぎず、本件発明の構成を採用したことによる格別の効果とはいい得ないものである。

したがって、原告のこの点についての主張も理由がない。

4  以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき違法もない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

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